先月号でもご紹介しましたようにZARDの1993年の上半期を振り返ると、1月27日に6thシングル「負けないで」、4月21日に7thシングル「君がいない」、5月19日に8thシングル「揺れる想い」をリリース、また6月9日にリリースされたZYYG,REV,ZARD&WANDS featuring 長嶋茂雄のシングル「果てしない夢を」に参加しました。いずれも大ヒットし、満を持して4枚目のアルバム『揺れる想い』がリリースされました。ZARDのアルバムとしては初のオリコン週間初登場1位を記録し、通算でも5回1位を獲得、累計で200万枚以上を売り上げ、ZARDの代表的なオリジナル・アルバムの一つになりました。結果的にZARDは93年のアーティスト別の年間売り上げでも1位を記録し、長戸大幸プロデューサー率いるビーイングを代表するアーティストの一人になりました。
このアルバムには3枚目のアルバム『HOLD ME』発売以降にリリースされた「In my arms tonight」(シングル表記は「IN MY ARMS TONIGHT」)、「負けないで」、「揺れる想い」、そして先月号でもご紹介しましたがシングルとは別バージョンの「君がいない(B-version)」が収録されています。アルバム用の楽曲もバラエティに富んでいますが、どれもロックのバンド・サウンドになっています。これは長戸プロデュースを語る上で非常に重要です。
1曲ずつ取り上げていきますと、まず2曲目に収録された「Season」。ピアノのイントロがキャッチーでこのフレーズを聴いただけでワクワクさせてくれます。テンポもギターやドラムの入り方もZARDらしく、アルバム全体の期待を煽るサウンドです。「あなたを好きだけど」は演奏のキメと爽やかなギターで始まり、こちらもピアノがバッキング等で重要な役目を果たしています。「Listen to me」はモータウン・サウンドのリズムパターンになっており、ドラムのハネたビートに派手なコーラスが特徴的(例えばサビはハイ・パートが大黒摩季さん、ロー・パートが川島だりあさん、全体を覆う爽やかなWoo〜というコーラスは栗林誠一郎さん)です。
「You and me(and…)」はピアノがイントロで叙情的なフレーズを奏で、1番はアコースティック・ギターとピアノ中心の演奏、2番からいわゆるバンド・インというスタイルになっています。間奏はアコースティック・ギター。「I want you」はイントロでギターがカッティングをしていて、やはりピアノがロック的なアプローチでメロディを担当します。マイナー・キーのアップテンポのロック曲。「二人の夏」はイントロこそギターと栗林さんのコーラスですが、歌に入ってからは1番サビの手前までピアノだけの伴奏で歌っていく、切ない曲。
こうしてアルバムを改めて聴いてみると、「あなたを好きだけど」のように間奏でサックスになる曲もありますが、ほぼ全曲がドラム、ベース、ギター(エレキ&アコギ)、ピアノ、コーラスという構成、すなわちロックバンド・サウンドだという事です。またピアノが随所で特徴的な役割を果たしていて、コーラスのアレンジも多岐に渡っており、バンド・サウンドに色を添えています。またドラムのキックはハードな音色で、スネア(主に2拍目、4拍目に入っている小太鼓に該当する楽器)のタイミングを通常よりも重くしており、それは後述する歌い方にも通じています。
坂井泉水さんの歌詞はごく一部の例外を除いてほぼ全て曲先(先に作曲家のデモ〜メロディ〜があり、そこに歌詞を書いていくスタイル)ですが、このアルバムでもメロディと歌詞の一体感が非常に良いです。ほんの一例を上げてみても“ポプラの並木をくすぐる”“切なくて”(「Season」)、“あなたを好きだけど”(「あなたを好きだけど」)、“街路樹の下で”“もう出来ないわ 演じられない”(「You and me(and…)」)“偶然に見かけたの”(「二人の夏」)等、どの曲も、特に歌い出しとサビ頭のメロディに対する坂井さんの言葉の選び方が優れている事に気づきます。
また歌い方に関しても、特にこのアルバムで顕著になっていたものがあります。それはリズムに対してゆったりと重めのタイミングで歌う、という事です。例えば「You and me(and…)」のサビ頭の「も・お・で」という所、「Season」のサビ頭の「せ・つ・な」、そしてそこから「く」「て」に向かう所等、これでもかと言わんばかりに溜めて歌っています。ドラムのスネアは前述の通り、通常よりもタイミングが後ろになっているのですが、坂井さんの歌はそれ以上に後ろのタイミングになっている事も多いです。この歌い方によって歌詞に対する説得力が非常に強化され、ZARDの[音楽]は坂井さんの[歌声]によって[言葉]としても聴いた人の心に深く残るわけです。
ZARDはアルバム『揺れる想い』の後に9枚目のシングル「もう少し あと少し…」を9月4日にリリースしました。サウンド面では、イントロのピアノのフレーズが曲全体の印象を決定付けていると言っても過言ではないでしょう。ピアノはAメロに入ってからもさりげないフレーズを奏でていますが、ZARDのピアノらしさに満ちあふれています。そしてやはりドラムは曲調の割にはヘビーでハードな音色になっています。この曲も前述したZARDのバンド・サウンドを継承しています。しかし、少し変化も出て来ています。それは坂井さんの歌声です。アルバム『揺れる想い』の歌声に比べると、さらに艶やかで、出だしの低い所も豊かな表情になっている事が分かります。このシングルは大ヒットアルバムの後にも関わらず100万枚近くを売り上げ、歴代シングルの中でも6番目の記録を残しています。
11月3日には11枚目のシングル「きっと忘れない」をリリースしました。前作の僅か2ヶ月後の発売でしたが、初登場1位を記録、歴代シングルの中でも5番目の記録を残し、ZARDが多くの人に愛されて支持されるアーティストになった事を証明しました。【ZARD Film of 7th Memorial〜君に逢いたくなったら〜】でもご説明しましたように、サビ頭の「き・っ・と」の「っ」は上のC#なのですが、そこに敢えて歌いづらく喉の絞まりやすい「っ」を持ってきて、それを見事に響かせて歌っています。また歌い方も全体的に非常にゆったりしている事に気づかされます。
ZARDの93年は、人気はもちろんのこと、その音楽性、坂井さんの歌詞、歌声においても一つのスタイルを確立させました。そしてそこに留まらずに、ZARD・坂井さんはスタッフと共に、94年にリリースされるアルバム、シングルの作品作りに邁進していました。またいずれご案内致しましょう。お楽しみに。
Being Works 第21回 ZARD 1993-Part.2-
text by Hiroshi Terao