ZARD1991

ZARDは1991年2月10日に1stシングルをリリースしていますから、今年でデビューして22年経った事になります。ZARDの楽曲、ヴォーカル坂井泉水さんの歌声や歌詞は、今もなお多くの人に支持されて親しまれていると言えるでしょう。エバー・グリーンなイメージもあります。代表曲として取り上げられるのは「負けないで」や「揺れる想い」等、明るい印象の曲が多いでしょう。しかしZARDの個々の作風は意外に幅広く、これがZARDだとひと言で表現出来るものでも無いと思います。それは一枚のアルバムを取り上げても色々な曲が入っていたり、活動していた時代によっても違う面を見せていたりしているからです。またZARDは歌番組に出演していないと言われる事もありますが、僅かな期間に7回も出演しています。そして2004年の[ZARD “What a beautiful Moment Tour”]での坂井さんの歌声とその立ち姿、一連のScreen Harmonyでの坂井さんのオフショット等・・・。このようにZARDというのは知れば知るほど様々な音楽性、表情を持っている事が分かります。今回はデビュー月を記念してZARDの初期の作品を紹介して、当時の作風について取り上げます。

90年秋、長戸大幸プロデューサーの下、ZARDプロジェクトが発足しました。制作するにあたり、ロック、中でもUKサウンド(イギリス系のロック)をコンセプトにするように指示がありました。グルーヴはタイトで、かつスネアが微妙に重たいタイミングを刻み、ギターは特徴的なディレイ付きのアルペジオ奏法、間奏はギターでは無くサックスにするというスタイルで、レコーディングされたのがデビュー曲[Good-bye My Loneliness]。ZARDという名前は語感がロックっぽいという事で長戸プロデューサーが命名しましたが、その理由としては、ZARDという言葉は「Hazard(危険、障害物)」「Blizzard(吹雪)」「Lizard(トカゲ)」等、どちらかというと忌み嫌われるようなマイナスイメージを想起させるという物でした。プロデューサー語録に“アーティストがデビューするのに大事なのは、名前(命名)、作品、そして写真”というのがあります。どれもアーティストの第一歩として重要なファクターです。

シングルA面と共にC/W曲や1stアルバム『Good-bye My Loneliness』も並行して制作が進められました。音も見た目のイメージもいわゆる“ロンドンの曇天”みたいな感じです。ジャケット写真撮影は、スタジオバードマン3Fで行なわれました。長戸プロデューサーからは、アーティスト活動の様子がよく分かるように、スタジオでレコーディングしている所にカメラがお邪魔して、そのまま撮影するようにという指示でした。当然坂井さんもカメラ目線ではなくなるわけです。服装に関しては今回の内容に最も相応しいものとして、たまたまスタッフの着ていた革ジャンが使用されました。ジャケット写真に写っているキーボードの周りには、コーヒーカップや飲料水の缶など色々雑多な物が置いてありますが、これも“臨場感を残すために片付けないで欲しい”という指示でした。またPV撮影場所もアーティストのイメージに合うよう東京湾の工場地帯(川崎市)が選ばれ、岩井俊次さんが担当しました。こうして、作品、写真、映像共にハードで鋭角的なロックのイメージに仕上がりました。

1stシングルは4週目にトップ10に入るという好調なスタートを切りました。同年3月27日にリリースされた1stアルバムもZARDの特徴を知らしめる上で十分な効果がありました。既に進行していた次の作品内容は1stを踏襲した物になりました。プロデューサーの方針は“新人アーティストが一度世の中に出て、ある程度認知された後は、浸透するまではしばらく同じ方向性で行く”という物でした。デビュー時から坂井さんの歌声は非常に声量があり、録音時に工夫をする必要がある程でしたが、制作していく過程でさらに力強さと透明感がアップしました。サウンドはアップテンポのロック・チューン「素直に言えなくて」「lonely Soldier Boy」はノイジーでさらに研ぎすまされて印象でした。歌詞は「もう探さない」や3rdシングルのC/W曲「こんなに愛しても」等、1stアルバム以上に大人っぽい世界が描かれていた曲もありました。
そして、2ndアルバム『もう探さない』には、長戸プロデューサーから手ほどきを受けた結果として、「素直に言えなくて」「いつかは…」と2曲の坂井泉水作曲作品が収録されています。「素直に言えなくて」には2つの特徴があります。まず1つ目は構成です。今のJ-POPシーンではAメロ〜A’メロ〜Bメロ〜Cメロ〜C’メロになっていますが、この曲はAメロ〜A’メロ〜Bメロ〜B’メロ〜A’’メロとなっています。これはソナタ形式といって、18世紀には音楽シーンに登場しており、クラシック音楽に多いスタイルです。そして2つ目の特徴は、コード進行です。キーはAmで、Aメロ、A’メロはそのキーで進行します。ところがBメロではいきなりFに転調します。そしてBメロの1小節目のコードがGm7なので、予定調和ではなくドキドキしながら聴く事になります。さらにB’メロではEに転調します。しかもB’メロの1小節目はF#m7なので、いきなり回転するジェットコースターみたいなスリルがあります。そしてA”メロでは何事も無かったかのようにAmに戻ります。実はこの転調の源流はLeon Russellの大ヒット曲「This Masquerade」にあります。この曲は多くのアーティストにカバーされており、The Carpentersのバージョンはお馴染みです。またGeorge Bensonが歌ったバージョンは76年にグラミー賞を受賞しており、日本では坂井泉水名義(Izumi Sakai)でカバーしたバージョンが『Royal Straight Soul Ⅲ Vol.2』(92年リリース)に収録されています。多くの方に指示されてきた曲の良い所をリスペクトしている事で、新たな作品が生まれたのです。

もう1曲の「いつかは…」は歌詞の一節“あとどれくらい 生きられるのか”というのが衝撃的ではありますが、作曲という面でも非凡な内容になっています。カンツォーネを彷彿とさせるメロディでテンポはゆっくりですが、コード進行がこちらもいい意味で期待を裏切りながら、ゆらゆらと大海に漕ぎ出した船のように進んでいきます。そして大海原の遥か彼方で漂うまま曲も終わります。

こうして2ndアルバム『もう探さない』は1stアルバムに引き続き1991年にリリース、前作を踏襲しながらも、アーティストとしての成長を見せてくれた作品となりました。しかし、次の作品をリリースするまでZARDは非常に時間を掛けています。その結果、転換とさらに大きな飛躍が訪れたのです。

Being Works 第18回 ZARD 1991
text by  Hiroshi Terao